2010年07月03日

怪物オグリキャップ死す

公営笠松競馬からやってくるや否やたちまちのうちに人気競走馬となり、第二次競馬ブームの立役者となった、あの怪物オグリキャップが今日、放牧地で亡くなった。25歳。死因は脚部骨折だったそうだ。一昨年、東京競馬場で元気な姿を披露し、多くのファンを集めたのがまるで昨日のことのように思い出される。そして、その場に何としてでも駆けつけなかったことが余計に悔やまれてならない。

彼が引退したのは1990年で、最後の舞台に選ばれたのは有馬記念だった。そのレースをまるで漫画のような勝利で飾ったことは、日本中を驚きと感動の渦に巻き込んだ。いかに日本を沸かせたかは、それがNHK7時のニュースにおいてトップで報じられたことからもわかる。当時、ぼくは小学生だったが、そのシーンは鮮明に覚えている。最後のゴールを駆け抜ける芦毛の馬体の強烈な印象が、ぼくが競馬に興味を持ったきっかけだった。

ぼくのことはともかく、オグリキャップの活躍が競馬界に与えた影響は計り知れない。最大の功績はクラシック追加登録制度創設のきっかけとなったことで、彼がいなければ、今も中央競馬クラシックレースは閉鎖的なままだったことだろう。

残念なのは、産駒に活躍馬がほとんど出なかったことだ。もちろん後継種牡馬も出せず、父系はあっさり途絶えてしまった。サンデーサイレンス旋風が直撃した不運もあっただろうが、むしろこの事実は、彼が努力の天才であったことの証明だったのかもしれない。

ファンのひとりとしては、母の父でも母の母の父でも父の母の父でも何でもいいから、未来の名馬の血統表に、その名が残っていることを願ってやまない。そして、心からお悔やみを申し上げる。



posted by 白林檎 at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ヘタ馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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