2013年10月12日

不思議な話

「いま不思議体験をした」と妻が言うので何かと思ったら、ひとりでにPhotoshopが起動して、しばらく前に死んだ三毛猫の写真が勝手に出てきたという。画面を覗き込んでみたら、それはファイルサーバの大分奥の方にある写真で、なかなか偶然開くようなものではない。何かの前兆だろうか、という話になった。そんな話になったのは心当たりがあったからだ。老猫が一匹、脚に悪性腫瘍を作って、妻の実家に厄介になっていたのである。最近何かと忙しく東京と神戸を往復したりなどしていたもので、うちに置いておいても十分な世話をしてやれない。それで、申し訳ないことだが、預かってもらっていたのである。悪性腫瘍というのは要するに癌で、外科手術でもしてやらない限り余命は長くない。預けたのが二ヶ月ほど前だし、先日様子を見た感じではいよいよ危ない雰囲気だった。件の三毛猫はその老猫と仲が良かった子で、これは彼女を迎えに行ったのかもしれないねなどという話に自然となった。

そんなことがあった翌日、預かってもらっていた老猫が死んだ。

妻の家の女系には割とそういう話が多いらしく、ぼくも何度か聞いていた。誰それが亡くなる直前に夢枕に立ったとか、虫が知らせただとか、いわゆる霊とかいうものをリアルに感じざるを得ないエピソードに事欠かないそうだ。ぼくは霊感どころか勘も鈍いのでそういう類の話とは本当に無縁で、やはりどこかうさんくさいというか、有体に言って何かの冗談くらいに思っていた。のであるが、今回のようなことを体験すると、これはもしかするとという気分になる。

死んだ老猫は血統書などというものが付いていて、結構な数の仔猫を産んだ。彼女自身、かなりの美猫だった。美しかったがあまり頭はよろしくなく、すぐに粗相をする子だった。と、ぼくも妻もそう思っていたのだが、最後を看取った義母の見るところによれば、実はむしろ賢かったのではないかということである。とても綺麗好きで、それ故に他の猫とトイレを共有するのが嫌だったのかもしれないと言っていた。今となっては確かめようもない。

死んだ翌日、荼毘に付した。柏原市の葬祭場では人間はもとより犬猫も個別に火葬にして、しかも骨まで拾わせてくれる。何とも小さく華奢な骨だった。急なことで骨壺が無く、とりあえずタッパーに入れて持って帰ってきて、あらためて近くの店で陶器の壺を買ってきた。入る分だけこれに移して神棚に祭っておき、入らなかった分は田舎に持って行って先に行った猫たちのところに埋めようと話しているが、忙しさにかまけてまだ何もしていない。そうしたら、何の前触れもなく冒頭の三毛猫がまた出てきた。あまり遅いので今度は催促に来たのかもしれない。世は不思議に満ちているのだ。

posted by 白林檎 at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 白林檎的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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