2016年10月16日

持てる者と持たざる者 - 『資本主義の正体 マルクスで読み解くグローバル経済の歴史』

今年のノーベル経済学賞をオリバー・ハート氏が受賞したその理由が契約理論というものだが、これについて一年以上前に自著で扱っていたと我らが池田信夫御大が自賛していたのが本書である。おちょくるようなことを書いておいて何だが、実は以前から読みたいと思っていたので、これを機会に手に取ってみた。

資本主義という言葉を、我々は案外何も知らずに使用している。驚いたことに、経済学者ですら長くその実態を掴めていなかった。が、様々な経済理論の挑戦によって、その正体が近年次第に明らかにされつつあるという。本書はそれを、主にマルクスを再評価することで解き明かそうというものだ。マルクスを扱っているが赤い本ではない。

主要な論点は第一章にまとまっており、第二章以降はそれを深める各論のような構成になっている。従って、極端なことを言えば第一章だけ読めば事足りる本である。しかし第一章を理解するには最低限近代史を知っている必要があるし、もっと言えば近代史だけ知っていてもなかなか理解が難しい。そこで次章以降の登場となる。

第二章以降では近代史を概観し、ある地域になぜ資本主義が生まれ、あるいは根付き、あるいは誕生しなかったかなどを通して、資本主義の本質を探っていく。読んでいると同じ山に違うルートで何度も登っているような感じもするが、景色がまったく違うのでそう飽きることはなく、むしろ楽しいくらいである。序章で著者は第二章以降を先に読んだ方が第一章を理解しやすいだろうと述べており、人によってはそのアドバイスに従った方が良いかもしれない。白林檎的には章立て通りに読み進め、読み終わったらもう一度第一章を読むというのがお勧めだ。

経済理論というとよくわからない数字で大衆を煙に巻くようなイメージがあるが、本書は喩え話を織り交ぜた解説がメインとなっていて読みやすい。数式やグラフもときどき出てくるものの、そういったものはすっ飛ばしてしまってもまったく困らなかった。鼻につくような主張も無く、読み物として純粋に面白い。

ただ、第二章以降は著者のブログの記事を利用している部分が多いのか、ときどき論旨や解釈に齟齬のある部分が出てきて軽く混乱することがあった。その辺はもうちょっと丁寧に本作りをしても良かったのではないかと少々残念に思う。そういう箇所はテキトーにツッコミを入れつつ気にせずに読み進めるスキルが求められるので、神経質な人は注意が必要だ。その辺を差し引いても、世界の秘密の一端を垣間見せてくれる本書には、一読の価値がある。

posted by 白林檎 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書算盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月30日

ジョークの向こう側

中国人の「できました」と韓国人の「できます」と日本人の「できません」は信用するな、という、これは何というのだろう、ネットで定型化された一種の成句というかジョークというか、そういった文句がある。言うまでもなく中国人と韓国人を嘲笑する内容なのだが、これがどうしてなかなか、単に口をゆがめて笑うだけでは済まないだけの奥深さを持っていると思う。

ところで、ある国同士、特に隣国の国民同士がいがみ合っていたり蔑み合っていたりというのは、世界的に見てもそれほど珍しいことではない。日本人は中国人や韓国人を差別的な目で見ているといわれるが、中国や韓国に行けば日本人を蔑視している人だって少なくないので、これはまあおあいこである。こんなことは極東でなくとも日常茶飯事で、例えばイギリスとフランスがことあるごとに張り合うというか馬鹿にしあうというか、そういった関係にあるのは有名な話だ。英語でフランス風の何々というと下品あるいは低俗というニュアンスを含むことが多いし、イギリスでそう呼ばれる同じものがフランスに行くとイギリス風などと命名されていたりする。性に関する語句でこれは顕著なようで、イギリスとフランスの例にとどまらず、イタリアに行けばスペイン風だというし、スペインに行けばキューバ風だということになったりして、ヨーロッパくらい国境線が入り組んでいるとそれだけ関係性も複雑になってきて面白い。

さて、冒頭の言葉に戻ろう。

この言葉の何が面白いといって、日本人なら一読して無意識のうちに優越感を覚えニヤニヤしてしまうというのもひとつではあるが、そんなことより、内容を裏側から見たときに、それぞれのお国柄、あるいは社会構造がうっすらと浮かび上がってくるのが興味深い。

言っていることを信用するなというのがなぜかといえば、対象が気軽かつ頻繁にそれを口にするからである。イソップ寓話でオオカミ少年というのがあるが、裏付けなく繰り返される言葉は信頼度がそれだけ低くなる。つまり、中国人はできていなくてもできたと言うし、韓国人はできそうになくてもできると言うし、日本人はできるだろうと思ってもできないと口にする、そういった現象が、ある程度の範囲に通用する常識となるくらい広く認知されているということである。

これは、裏を返せば、どういう状況であれそう答えざるを得ないことが多いということを示している。すなわち、中国では「できていません」とは言えず、韓国では「できません」と言えず、日本では「できます」と軽々しく言えない、ということである。ここから、それぞれの国の人々が何を恐れるか、あるいはそれぞれの社会が何に対して不寛容であるかが、うっすらと透けて見えてはこないだろうか。

ネットに転がっているスラングあるいは差別的に見える表現の中には、ぎくりとするほど真実を突いているものがたまにある。例の文句は日本人の間のみならず、中国や韓国においてさえジョークとなりうるのではないかと思うが、どうだろう。

posted by 白林檎 at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書算盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月08日

プーチン首相公式サイトが北方領土を日本領と記載

読売新聞のオンラインニュースサイト、YOMIURI ONLINEより。

日本の政治家でも公式サイトを開設している人は多いが、これはそういったプーチン個人の公式サイトではなさそうだ。ロシア政府が開設したものだというから、いわば首相官邸公式サイトに近いものだろう。つまり、もしこれが「技術的ミス」などでないのなら、ロシア政府の何らかの意思表示であると見なせる。

とはいえ、ロシアのことだから、北方四島返還の目処がついたとか、今すぐに返還されるとか、そういった類いの話ではなさそうだ。タイミング的にアメリカの次期政権と中国への牽制を含めたロシア政府の対日外交の布石ではないかと思うが、どうだろう。

万が一、アメリカと中国が蜜月でもなろうものなら、太平洋の覇権は完全にこの二国の手中に落ちる。現在だってアメリカがほぼ掌握しているようなものだが、アメリカ太平洋艦隊だけで太平洋全域の面倒を見ているのと異なり、太平洋の東西をアメリカ太平洋艦隊と中国海軍が分担して全力でにらみを利かせることにでもなろうものなら、現在よりずっと厳しい状況になるのは明白である。そうなれば日本はアゲハマ同然であるし、ロシアとしては南進する機会をまた100年近く失うことになるだろう。

ところで、日本というのは、地理的に中国の太平洋航路に蓋をするというか、監視できる位置にある。アメリカ海軍が日本に駐留艦隊を置いている大きな理由のひとつがこれである。要するに中国海軍を封じ込めるには日本を利用するのが最も手っ取り早いので、米中が手を組んだ場合、今度はロシアが同様の戦略を採ることは大いにあり得る。

ここでロシアが取り得る選択肢は二つ。日本を占領するか、日本と結ぶかである。ロシアという国の歴史的傾向としては前者の方が多かった訳だが、それを遂行するには流石に状況が芳しくない。日米同盟が名目上でも生きていればアメリカとの全面戦争になりかねないし、仮に解消されていたとしても、日本列島のような戦略上の要衝がロシアの手に落ちるのを米中が黙認するはずがないから、やはり大戦に発展しかねない。

となれば後者、ロシアは日本と結ぶ方を選択することになろう。だが、状況が悪くなってから交渉を開始するのでは足元を見られるかねない──例えば千島列島全島の返還を要求されるかもしれないし、場合によっては米中の横槍が入るだろう。

そんな訳で、このニュースは、今のうちに日本に対して友好的な姿勢を見せておこうかという、ロシアの布石に思えるのである。オバマ政権が発足する来年以降、状況によっては、北方領土返還も含めた日ロ平和条約の早期締結に向けて、ロシアは動くかもしれない。ぼくでもそう思うくらいだから、米中政府はロシア政府の動きに神経を使わざるを得ないのではなかろうか。

そういう意味では大きな効果のある一手だと思うが、さらに言うなら、これは対日というよりは対米の布石という性格が強いように思える。ので、牽制効果が強過ぎて、結局何事もなかったように「間違いでした」としてサイトが訂正される可能性の方が高いような気もする。

<引用>
北方領土を「日本領」と記載、プーチン首相の公式サイトで

 【モスクワ=瀬口利一】ロシア政府が先月末に開設したプーチン首相の公式サイトの地図で、北方領土が「日本領」として記載されていることが7日、分かった。

 ロシアの学者や元外交官らでつくる日本研究者協会(ストレリツォフ会長)が今月1日、“技術的ミス”だとして、プーチン首相あてに「ロシア領」に改めるよう求めるメールを送ったが、7日現在、地図はそのまま使われている。

 このサイトは、プーチン氏の外遊などを詳報するのが目的。地図をクリックすると、ロシアが「南クリル諸島」として実効支配する北方4島が日本領に色分け表示される。
(2008年11月8日03時04分 読売新聞)
</引用>

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2006年06月08日

村上ファンドについて語られている記事

村上氏の逮捕が世間を賑わしている。村上氏擁護派、村上氏批判派等入り乱れる中、いろいろと深い意見も出てきているので、それらへのメモ。どちらもその筋では有名な方だけど、まあ一応。

村上ファンドの成したこと、そして嫌われる理由
(ちょーちょーちょーいい感じ / 2006.6.7)

国策調査
(池田信夫blog / 2006.6.8)

またハッとする意見を読んだらメモるかも。しかしあれだ、世の中コワイですなぁ。

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2006年05月28日

数の学問

あるPerlの偉い人がご本人のブログで紹介されていた本を、今読んでいる。その名も『算数・数学が得意になる本』といって、小学校から高校までで扱う単元を順番に並べ、なぜその単元でつまずくのかという点と、こうすればつまずかなくて済んだのにということが解説されている本である。算数や数学に苦手意識を持つ人や、そういう子を持つ親御さんにとっては、まさに福音書と言って良い。

ぼくは数学が嫌いではないが、苦手である。ところが、ぼくの父は文系であるにもかかわらず数学が比較的得意という少々困った人で、「文系なんだから数学が苦手なのは宿命みたいなものだ」という言い訳がまったく通用しない。

「俺は数学が得意だった。俺の子であるお前が、数学が苦手であるはずがない。むしろ先天的に得意であるに決まっている」と口癖のように言っていたが、苦手なものは苦手なんだから仕方がない。

ところで、ぼくの場合、数学は高校に入った途端に出来なくなった。当時はその理由がさっぱりわからなかったが、この本を読んでいたら何となく原因が見えてきた。それまではどちらかというと理屈っぽい教科だったのが、摩訶不思議な記号の羅列をひたすら記憶するという暗記的な教科に、数学がいつの間にかすり替えられてしまったからではなかったろうか。

暗記科目というのはつまらない。ぼくは歴史が好きだが、もし年号をただ暗記して回るだけの勉強を強制されていたら、逆に歴史嫌いになっていただろう。ぼくが数学をはっきりと苦手な科目だと思い始めたのは、そういえばこの時期に重なるのだ。

ぼくと似たような経験を持っている人が、世の中にどれだけいるのかはわからない。人の得手不得手をどうこうするつもりもないし、その資格も多分ぼくには無い。ただ、もしあなたが「分数の割り算は割る数をひっくりかえして割られる数にかければ答えが出る」ことの理屈をスラスラと説明できるのでなければ、この本を一読しておいて損はないと思う。

posted by 白林檎 at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書算盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする