2010年12月22日

外壁の塗装が終わった

突然だが、神戸に引っ越した。引っ越したといっても事務所は前の家にあるし、事務所どころか数々の所持品もそちらへ置いたままであるので、比較的頻繁に行ったり来たりしてはいる。そんなことを6月頃から始めていた。開始した当初は拠点がまだ柏原で、神戸には荷物を運ぶついでに泊まりに来ていたという感じであったが、8月末にこれが逆転し、大体運搬も落ち着いたのが10月頃である。このブログがほぼ放置されていたのはおよそ左様な事情からである。本当はサボっていただけなのだが、そういうことにしておく。

現在住んでいる家は父の持ち家である。ぼくが小学生の頃、世人にとって土地付きの一戸建てというのはなかなか購入が難しい代物であったそうだ。もちろん今でもキュウリを買いに行ったついでに買い求めることができるようなものではないが、金額的なこと以上に、当時はモノが払底していたらしい。そこでどうなるかというと、抽選になるのである。当選すると、オプーナではないが、「良くぞ引き当てた。家を買う権利をやろう」という按配である。父はクジ運のいまひとつな星の下に生まれたようで、あちこちのニュータウンを巡り歩いたものの、この「家を買う権利」とやらがなかなか当たらなかった。それがとうとう神戸のこの家を購入できることに決定し、いざ思い切って購入したと思ったら半年後に東京へ転勤となり、家族共々そちらへ引っ越しが決まった。以来二十年に渡って他人に賃貸し続けたという、いろいろ言い尽くせぬ想いの詰まった物件なのである。

築二十年というと普通かなりガタが来たりするものだと思うが、この建物は比較的頑丈に造られているらしく、建具に使用感があるのを除けば、実用上何の問題もない。消耗している辺りを修繕してやれば短くともあと二十年は快適に生活できそうだ。という訳で、まずは壁くらい塗ってもらえと父から指令があったので、近所のホームセンターに塗装を依頼した。ここ数日間というもの家の中にいると相当にやかましかったが、依頼した甲斐もあり、壁だけを見るならまるで新築のようである。

二十年間ほったらかしにすると庭木もすごいことになる。何しろ向こう側が見えない。しかしこちらは相方のご両親がかなり力を入れて剪定してくださったので、かなり見晴らしの良い、気持ちの良い庭になった。

この庭には花壇があって、先述の半年だけ住んでいた頃、そこにはミニトマトを植えたものだった。最初の収穫こそ皆で喜んで食したが、ミニトマトというのはシーズン中いくらでも生り続ける。我が家において、ミニトマトを庭に植えるのは一株だけで良いという結論に達するのにそう時間はかからなかった。

相方がこの花壇で何か野菜的なものを育てたがっていたので、以上のようなエピソードを話して聞かせたところ、どう伝わったものか却ってやる気が出てきたようである。アスパラガスを作りたいと言うが、あれは放置しておくと大変なことになるらしく、その様といえば食べきれぬほどできるなどという甘いものではなく、まさに惨状というにふさわしい事態になるそうだ。ただプランターで育てればかなりマシであるようなので、挑戦するならそのようにすると決めたようである。となると、花壇のスペースは空いたままである。ぼくとしては、先日見かけたしいたけの栽培キットを試してみたいのだが、日当たりが良すぎてダメだろうか。

posted by 白林檎 at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 白林檎的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月03日

怪物オグリキャップ死す

公営笠松競馬からやってくるや否やたちまちのうちに人気競走馬となり、第二次競馬ブームの立役者となった、あの怪物オグリキャップが今日、放牧地で亡くなった。25歳。死因は脚部骨折だったそうだ。一昨年、東京競馬場で元気な姿を披露し、多くのファンを集めたのがまるで昨日のことのように思い出される。そして、その場に何としてでも駆けつけなかったことが余計に悔やまれてならない。

彼が引退したのは1990年で、最後の舞台に選ばれたのは有馬記念だった。そのレースをまるで漫画のような勝利で飾ったことは、日本中を驚きと感動の渦に巻き込んだ。いかに日本を沸かせたかは、それがNHK7時のニュースにおいてトップで報じられたことからもわかる。当時、ぼくは小学生だったが、そのシーンは鮮明に覚えている。最後のゴールを駆け抜ける芦毛の馬体の強烈な印象が、ぼくが競馬に興味を持ったきっかけだった。

ぼくのことはともかく、オグリキャップの活躍が競馬界に与えた影響は計り知れない。最大の功績はクラシック追加登録制度創設のきっかけとなったことで、彼がいなければ、今も中央競馬クラシックレースは閉鎖的なままだったことだろう。

残念なのは、産駒に活躍馬がほとんど出なかったことだ。もちろん後継種牡馬も出せず、父系はあっさり途絶えてしまった。サンデーサイレンス旋風が直撃した不運もあっただろうが、むしろこの事実は、彼が努力の天才であったことの証明だったのかもしれない。

ファンのひとりとしては、母の父でも母の母の父でも父の母の父でも何でもいいから、未来の名馬の血統表に、その名が残っていることを願ってやまない。そして、心からお悔やみを申し上げる。

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2010年06月28日

アップルの初期ロット

iPhone4の筐体の作りがアレだというので、世間でちょっと話題になっている。iPhoneは名前の通り4世代目に入った訳だが、iPhone4は筐体含めかなり設計が変わっているから、実質的には1世代目の機械である。そう考えてみると、今回の騒動はアップルの初期ロットにありがちな事件であるので、とりたてて驚くようなことでもないといえる。

アップルの社史の節目となっている製品の初期ロットには、後から振り返れば、どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかというような失敗が紛れ込んでいたりするので、注意しなければならない。例えば初代Macintoshには自由に使えるRAMがほとんど載っておらず、すぐにRAMを増量したモデルが発売された。iMacも似たような失敗をしているし(ボンダイカラーには二つのバージョンがある)、Mac OS Xの最初のバージョンに至ってはそれはそれは大変な出来映えであった。最初期のiPodやiPhoneには目立った不具合がなかったので、みんなその事実を忘れていたのかもしれない。iPadはちょっと手を滑らせるとディスプレイが事故車のフロントグラスみたいになるというので業界を震撼させたが、そういえばこういう話は久々に聞いたような気がしないでもない。

まあ、そういう辺りも含めて機械を愛せる者でもない限り、初期ロットには手を出さない方が良いという法則は健在だということである。これは何もアップル製品に限ったことではない。ライバルのマイクロソフトの製品、こちらはソフトウェアだが、それらにも、バージョンを三つ重ねなければ使い物にならないというお約束がある。

もうひとつ言えるのは、多少の失敗など恐れずに自ら革新的と信じる新製品を世に送り続けるメーカーと、多少の不具合など恐れずにそれらを買い続ける狂信的なユーザーの両方が、コンピュータ業界の発展には必要不可欠だということだ。これまでも、そしてこれからも永遠に。巨大化したメーカーよりもベンチャー企業の方がそうした分野で強いのは、いわば当然のことなのだろう。時価総額でマイクロソフトを上回るほど大きくなったアップルが、いまだフロンティアスピリットを失わず、iPhone4の初期ロットで失敗をやらかしたことは、その意味で大変喜ばしい。

まあ、ぼくは買わないけど。

posted by 白林檎 at 17:30| Comment(0) | TrackBack(0) | Mac | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月08日

ウオッカ引退

先日、ドバイワールドカップの前哨戦でまったく伸びず8着に敗れたウオッカが、このまま引退することになったと報じられた。また鼻出血を発症したことが原因なのだそうで、先のレースで良いところが見られなかったのもそのせいなのだろう。鼻出血というと人間の鼻血と同じように考えて「鼻血で引退とは云々」などとつい口にしてしまいそうになるが、今月号の優駿にまさに載っていた内容によれば、馬の場合は肺からの出血が鼻から排出されるのだそうで、つまり心肺能力に故障が生じた、あるいは限界がきた訳だから、引退となるのも仕方がない。むしろジャパンカップの後もう一戦、それも海外へ遠征できたことの方が驚くべきことなのだろう。

予定では、彼女はレース後すぐアイルランドへ飛び、そこで近年の欧州最強馬シーザスターズと交配され、また日本へ戻ってきてマタニティライフを送るということになっていたが、角居調教師の言を見る限り、そのままそっちで繁殖生活を送ることになったようだ。こちらの動向も要注目である。いずれ日本に戻ってきてトウカイテイオーを付けてもらえないかなぁと、何かと気の早いことも考えてしまうが、ともあれ産駒のことも優先して応援していきたい。

それにしても、JRAの発表を見ていると、あらためて凄い馬だったのだなと思わず唸らされる。競馬を本格的に見始めてすぐ、あのチューリップ賞から応援してこられたことは本当に幸運だったと思う。ありがとう。そして本当にお疲れさま。

さて、日本ではいよいよ今年のクラシック戦線が本格化してきた。昨日と一昨日はそれぞれ皐月賞と桜花賞の最も重要なトライアルレースがあった。一昨日のレースというのは、偶然にも、ぼくがウオッカと出会ったチューリップ賞だった。チューリップ賞というと、今でもウオッカとダイワスカーレットのマッチレースがすぐ瞼の裏に浮かんでくる。

そのチューリップ賞で、今年の大本命アパパネは二着に敗れたものの、桜花賞へ向けて悪くないレース振りだった。昨日の弥生賞では、ウオッカの厩舎の後輩ヴィクトワールピサが順当に勝利。来週もその次もトライアルやステップレースが続き、あれよあれよという間にクラシックが始まる。こうして季節はとにかく巡り、年月が過ぎていくのだろう。

posted by 白林檎 at 05:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ヘタ馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月22日

関係者各位

本日付けで無事完了しました。ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

posted by 白林檎 at 16:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 白林檎的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月08日

ひったくり被害

今日(2月8日)12時45分頃、うちの相方がひったくり被害に遭った。幸いにして怪我はなかったが、財布を鞄ごと獲られた挙句、取り調べやら何やらでなかなか面倒な目にあった。

場所は、といっても地元柏原市の人間にしかわからないだろうが、太平寺の交差点付近である。被害者の証言が甚だ頼りないものなのでアレだが、それでも警察の人が頑張って探してくれている。犯人は身長170〜175cmくらいの男、黒い髪はそれほど長くなく短くもなく、白い線の入った濃い青のジャージを着ていたという。年齢は、後ろ姿しか見ていないのでやや曖昧だが、印象としては10代後半〜20代前半くらいに見えたそうだ。

ひったくりというと原チャリでというイメージがあるが、彼奴は徒歩、というか走って逃げたらしい。ご近所の方におかれては是非ともご注意いただきたく、また捜査並びに再発防止にご協力いただければ幸甚であります。何しろ財布の中には現金が3000円しか入っていなかったので、犯人としても次のチャンスを伺っているはずである。

どうにかして盗品が出てくればいいなと思う。あと犯人は大和川で溺れて死ね。

posted by 白林檎 at 16:02| Comment(5) | TrackBack(0) | 白林檎的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月04日

しばらく見ない内にエラいことに

必要があって過去の自分の記事を見に来たら、なんか広告があったりしてエラいことになっていたので、大慌てで更新している次第である。いろいろあって忙しかったのだ。

それにしても秋競馬が落ち着いた途端にこのテイタラク、まるで競馬のことしか書いていないようではないか。などと書いて、割とそんな感じであることに気付いて愕然とする。

そんな訳で、今年もよろしくお願いする次第である(遅い)。

posted by 白林檎 at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 白林檎的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

オール早慶戦

弟からチケットをもらったので、昨日はオール早慶戦を観に甲子園まで行ってきた。甲子園に行くのは初めてだったが、あだち充の名作『タッチ』など高校野球を題材とした漫画で度々登場することもあり、あの蔦の茂った外観には何となく馴染みがあった。しかるに、近年改装したとかで、現在の外観は抱いていたそのイメージとは随分違う。改装後も蔦を這わせ始めているそうだが、あのようになるまでにはまだしばらくかかるだろう。

蔦はないかわりに、随分と綺麗で親しみやすい球場だった。また最近開通した阪神なんば線のおかげで、自宅から甲子園までの道のりは思っていたよりも大分短かった。

甲子園で慶應と早稲田が激突するのは50年振りだそうである。ちなみに、応援指導部は「早慶戦」ではなく「慶早戦」と呼ぶべきだと主張している。確かに国際試合なんかになると日米とか日韓とか、日本がアタマに来るので、理屈ではそう呼ぶべきなのだろう。だが、早慶戦という言葉には相手への敬意が表れていて、それはそれで悪くないのではなかろうか。

座席を見付けて一息つき、フライドチキンとビールを買ってくる。若き血を口ずさみながらしばらく眺めていたが、応援グッズがいかにも売れていない様子だったので、今日は買う予定ではなかったものの、ついに買いに行く。かつては500円だったような気がするのだが、この日は1000円もした。どういうことかと思って中を見ると、例の応援セットと一緒に150周年ストラップや記念DVDが入っていた。なるほど。

試合は、まず早稲田が3点先制し、さらに次の回で2点を追加。0−5でスタンドがどことなく意気消沈し、それを応援指導部が必死に盛り上げる。負けている試合でもバックアップしようとする気概は大したものだといつもながら思う。この辺までは、観客もつきあいで塾歌や応援歌を歌っているような状態だった。

ところが、追加点を取られた次の回(だったか、さらにその次の回だったか)で慶應の打線がまさに爆発し、一挙8得点。ここに於いてスタンドの盛り上がりは突如として最高潮に達し、若き血の大合唱が幾度も繰り返された。ぼくも揚々としてそれに参加したが、まあ現金なものである。これで調子づいた慶應はさらに2点を追加し、最終的には10ー5で勝利した。

そうそう、ニュースでも取り上げられていたが、ハンカチ王子も最終回のみ登板した。調子があまり良くなかったそうだが、それでも他とは明らかに質の違うピッチングに、敵ながらアッパレの声が周囲のあちこちで聞かれた。こちらのエース中林が出てきた時も、流石はエースという投球にスタンドは沸いたものだが、それと比較しても素晴らしいピッチングであった。

試合終了後は、エールの交換までやって、セレモニー途中で帰途につく。久々の観戦で勝利の美酒を味わい、上機嫌で電車に乗った。

一緒に行った相方には「相変わらずこの学校の愛校心というか忠誠心は不思議」と言われたが、実際ぼくもそう思う。伝統の為せる技とかいうものなのであろうか。もっとも、ぼくの場合は、大学を途中で止めて今の仕事を始めたので、いまだに大学生気分が抜けていないだけかもしれない。

posted by 白林檎 at 14:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 白林檎的日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月21日

マイルチャンピオンシップ

先週のエリザベス女王杯のときは所用で東京におり、ブログを書く時間がとれなかった。しかし、馬券はもちろん買った。そしてもちろん外した。あんな大穴レースはそうそう取れるものではない。

という訳で、今週はマイルCSである。天皇賞でウオッカを破り、悲願のG1制覇を達成したカンパニーが、引退レースとしてここに望む。好きな馬の最後のレースであるから、応援馬券を買ってきた。ただ、正直なところ、彼にはちょっと短い気がする。注目はスマイルジャックだろうか。

しかし、苦労人ならぬ苦労馬カンパニーにとっての最後の舞台を、ぼくは素直に応援したいと思う。適距離ではないかもしれないが、実績も能力も他馬に勝るとも劣らない。改めて、カンパニーの単勝。

posted by 白林檎 at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ヘタ馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

ウオッカはマイルチャンピオンシップに行くべき

昨日の天皇賞は残念だったが、勝ったのがカンパニーだった点は良かった。ぼくはカンパニーも好きだからだ。

それはそれとして、ウオッカである。レースの勝ち時計は去年と同じになったが、今年の道中はハイペースではなかった。速かったのは上がりである。ウオッカ自身の上がり3ハロンも33秒を切っている。それで前に届かなかったのだから、武豊の言う通り完敗というより他にない。

届かなかった原因はいろいろあるだろうが、一番大きかったのは位置取りだろう。同じような足を使って勝ったカンパニーがウオッカよりも少し前を進んでいたことからも、それは明らかだ。これをジョッキーの失敗と見るか陣営の指示と見るかは意見の分かれるところだろうが、ぼくは武騎手を含めた陣営の、ウオッカの距離適性への不安の表れではないかと思う。前走毎日王冠でも最後は少々息が上がったような感じだった。天皇賞はそれより1ハロン長い。道中なるべく消耗させないようにと、言ってみれば弱気になるのも無理からぬ話である。

そろそろウオッカ陣営は東京コースへのこだわりを捨て、距離適性をレース選択の根拠に据えた方が良いのではなかろうか。ウオッカが府中を最も得意としていることは今や競馬ファンで知らぬ者はないが、ジャパンカップではいかにも長過ぎる。気性が成長して中団からもレースを進められるようになった今なら直線の短い京都でも何とかなりそうに思えるし、何よりマイルの方が期待できる。それに阪神でなら、右回りでも勝っているのだ。

そんな訳で、ウオッカは今後マイルチャンピオンシップに照準を定めるべきではないかと思う。

posted by 白林檎 at 05:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ヘタ馬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする