2020年04月11日

埼玉県民は海岸線の夢を見るか

アマゾンプライムで映画『翔んで埼玉』を観た。これは魔夜峰央の漫画が元になっており、原作の方は発売当時たまたま本屋で見かけ、表紙とコピーで衝動買いした。途中まで描いたところで作者が満足しただか飽きただかで自主的に打ち切っており、尻切れトンボよりも中途半端な終わり方をしているが、しかしまさに怪作といって良い。それから数年を経て実写映画化されると聞いたときは有体に言って正気を疑ったものだが、蓋を開けてみれば映画の方も原作に劣らぬ怪作ぶりであった。映画になってようやく完結したと言っても過言ではない。

何と言っても描写が徹底的にバカなのが良い。魔夜峰央の世界をかなりの程度実写映像で再現しており、ところどころ微妙に安っぽいのでさえ魔夜峰央ギャグの一環という気がして、すべて許せてしまうから凄い。正座して真剣に鑑賞しても良いが、酒の肴に誰かとワイワイ言いながら観る方が楽しめるだろう。

この作品は、一見すると埼玉や千葉といった東京を取り巻く地域を「イナカ」として嘲り、東京と地方の対立を描く映画のように見えるが、それは表層というより一面に過ぎない。地方は地方同士どちらが上かでいがみ合い、さらに埼玉県内でも町同士で同じように争う。郷土愛という得体の知れないものをこれでもかという程に笑い飛ばしているのだ。

そうした上で、東京都民の持つある種の優越感を、それはもう滅茶苦茶に皮肉っている。それはどこに住んでいる人間にも等しくナイフのように突き刺さり、溢れる血のごとく何かを思い出させるほどに鋭い。多層的で痛烈なアイロニー、毒が含まれているからこそ甘美なそれが、本作の醍醐味である。醍醐味というか、ほぼそれだけで構成されているので、なるほどこれはぼくが面白がるはずだと改めて思う。

ひとつだけ難点を挙げれば、関東地方についてある程度の土地勘が無いと没頭できないというのがある。まあこれは作品の特性上仕方が無い。関東地方のことにあまり詳しくなくても楽しめるように作られているとは思うが、関東以外の地域にお住まいでより楽しみたい方は、事前に地図を眺めて、都県や埼玉県内主要都市の位置関係だけでも頭に入れておくと良いかもしれない。

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2019年07月09日

タピオカの大きい粒と小さい粒

先月から義弟夫婦が新宮で飲食店を始めた。タピオカドリンクとランチを出す店だそうである。一度覗いてみたいのだが、何分神戸からは少々遠いので、まだ行けずにいる。風の便りを聞く限りでは繁盛しているようで、誠に結構なことだ。飲食店は大変なことも多いと思うが、当たるとデカいというのはよく言われるところなので、頑張ってほしいものである。

現在のタピオカブームは世間では第三次と位置付けられていて、十年ほど前に第二次ブームがあったようだ。言われてみればその頃にもあのミルクティを街中で見かけたような気がしないでもない。第一次ブームは1992年頃だそうで、これは流石によく覚えていない。スヌーピーで有名なシュルツのコミック作品『ピーナッツ』にはタピオカ・プディングという名の女の子が登場するが、アメリカの方では大分前に流行ったりしたのだろうか。まあ、こちらは由来が全然違うのかもしれないが。

二十年ほど前に某中華料理店でバイトしていた頃、その店にはタピオカを使ったデザートがあった。最近流行りのは玉といった感じだが、当時のそれは粒といった風情で、半径で言えば十分の一程度だったろうか。それをアイスクリーム用の小さな器に適当に盛ってココナッツミルクをかけ、スプーンで食べるのである。大学のあと渋谷まで戻り、夕食どきのシフトで店に入ると、休憩時には賄い食が出た。一流シェフの作る賄い食は何とも絶品だったものだが、流石にデザートまでは出されなかったから、結局このココナッツタピオカをぼくは食べず仕舞いだった。今もその店にこのメニューがあるかどうかは知らない。小さい粒のタピオカは食材として現在も流通しているようだから、機会があったら自分で作ってみようか。

大きい粒を使ったタピオカドリンクは台湾が発祥の地だそうで、今も一種の名物のようになっている。バイトのときのこともあってか案外ぼくはこれが好きで、たまにその辺の店に寄ってみて、行列ができていなければ買って飲んだりする。先般台北を訪れた際も、せっかくだから本場のを楽しんでみようとスタンドに立ち寄ると、流石は茶葉の名産地、いろいろなお茶にタピオカをぶち込んでいた。コールドの烏龍茶でオーダーすると、果たして甘くない普通の烏龍茶にタピオカの入ったものが出てきた。こう書くといかにもイマイチだったように人は思うかもしれないが、これがなかなかいけるのである。香りの良いお茶にほんのりと甘いタピオカがうまくマッチして、さっぱりとした飲み口が楽しめる。タピオカミルクティももちろん美味いが、タピオカ烏龍茶を出す店が日本でも増えたら良いなと思う。

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2019年04月01日

新元号雑感

新しい元号が「令和」に決まった。出典は万葉集だそうで、まあその辺の解説は新聞なりウィキペディアなりを見れば書いてあるので詳しくは触れないけれども、白林檎的には日経新聞にある京大・阿辻名誉教授のコメントが良かった。記念に抜き書きしておこう:

  • 「令」には、「令嬢」「令息」といった言葉に使われるように「よい」という意味がある。
  • 「令」の漢字の構造は、ひざまずいている人に申しつけているという形で「命令」の意を含む。このため、令和を漢文調にすると「和たらしむ」とも読める。

それから、和は古来日本を表す字でもあるので、「よき日本になるように」という気持ちもこめられているのかなと個人的には思う。

元号が実用的か否かについてはいろいろと議論はあるが、少なくともこの国の時代というものが、それによって区切られ、印象が総括されるという面は確かにある。令和の日本はどのようになっていくだろうか。

それにしても、新元号発表がこれほど盛り上がるとは思わなかった。日本人は本当にお祭り好きだとあらためて思った。かくいうぼくもそれなりに楽しんでいる訳だが、このように新元号だ即位式だと明るい方向に騒げるのも、今上陛下の粋な計らいがあったればこそだろう。時代が切り替わるなら節目は楽しい方が良いに決まっている。青年時代まではお茶目な方だったそうだから、国民の騒ぎ様を皇居から眺めて、ご自身も楽しんでいらっしゃるのではなかろうか。

同時に、皇太子の即位をお祭りムードにしたいというような、今上の親としての情もそこはかとなく感じる。新しい時代の皇室を目指した平成の有終を飾るにふさわしい発表だったと思う。

ところで、菅官房長官の発表会見はネットで中継されるというので、せっかくだから見物に行こうと思っていた訳である。ところが、見ることができなかった。夫婦揃って寝ていたからである。次は頑張って生中継を眺められるよう、令和年間は生活リズムを整え、維持していきたいものである。

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2018年10月22日

ソファ

リビングに置いているソファは何とかいう品のレプリカらしいが、なかなか座りやすくて気に入っている。この家に越してくるときに買った物だから、およそ丸八年の付き合いである。なかなかに思い出深いソファなのだが、しかし合皮はあちこち剥がれ、クッションはへたり、いい加減経年劣化を隠せなくなってきたので、とうとう買い換えることになった。新しいソファを入れる以上は、このソファは捨ててしまわねばならない。

ソファを捨てるにもいろいろなやり方があるだろうが、この辺りの場合はまず市に回収依頼の連絡をし、それから近くの店で粗大ゴミシールを買ってくる。シールに受付番号を記入して対象に添付したら、指定日の朝、家の前に出しておく。すると回収車がやってきて拾っていってくれるという案配になっている。既にシールを入手する段階までは済んでいて、あとはこれを貼り付けて家の前に出すばかりである。

慣れ親しんだソファといえば、子供の頃、ソファを捨てる捨てないで大騒ぎをやらかした覚えがある。そのソファは物心ついた頃から家にあったので、両親が結婚したときくらいに購入したものかもしれない。とにかく、ぼくにとってソファといったらずっとそれだったもので、妙に執着し、それこそ新しいものを買うから捨てるとなったときに、何やら胸が引き裂かれるような思いがして、やたらと抵抗したのであった。確か小学校の二年生か三年生の頃のことである。普及価格帯のソファの寿命というのは大方そんなものなのかななどとも思う。

今は流石に泣き叫んだりはしないが、やはり一抹の寂しさがある。粗大ゴミに出す朝は、きっと心の中でソファに向かってありがとうなどと言っているだろう。有体に言って変な人である。が、ものを長く使っていると過度に愛着が湧き、人格をすら認めてしまう傾向にあるのは、多分ぼく生来の性質というものなのだろう。付喪神を信じるところまでは行っていないので、ソファ供養はおそらくしないと思うけれども。

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2017年04月20日

サーバ移転作業はどこか反省会に似ている

サーバを新しくしようと思って1年も前に新しいVPSを借りていたのに、何だかんだと後回しになってしまい、そうこうするうちに若干抜き差しならぬ状況になった。近いうちにハードウェアメンテが入り、日中に30分くらい停止するというのである。それで急遽、一気に移転を済ませてしまわなければならなくなった。

サーバの移転というのは、要するに新しいサーバに前と同様の環境を構築し、データを移植してやる作業である。しかしなかなかこの1行余りで済むような話でもない。そもそもまったく同じ環境を構築することからしてできない。サーバのOSやアプリケーションにもサポート期間というものがあり、まあ使っているソフトが消え失せることはほとんど無いが、バージョンを上げずに済むこともほとんど無い。従って、データを移植したら検証作業が必要になる。検証をすると、まあ大抵は何らかの不具合が出る。ので、細々とした修正をちまちまと施さなければならぬ。これまで何度かサーバを新しくしているが、この辺のプロセスをすっ飛ばせたことは一度とて無い。

検証と修復をしていると、否応なく昔の自分のコードをメンテナンスすることになる。昔書いたコードで今も動いているもののうち、最も古い部類のものには2003年の署名がある。実に14年前である。過去の自分は他人だとか何とかいうが、14年も前だと他人どころか先史時代を生きていた遠い祖先のようなもので、そのあまりのあんまりさ加減にクラクラする。こんなものが幾星霜を経ていまだに動作しているのは実際驚くべき事である。もっとも、これは主にperl開発陣の素晴らしい努力の賜物であって、ぼくの功績ではひとつもない。

時間さえあれば全面的に書き直してしまいたいけれども、今だって新たに書かなければならないコードはいくらでもある。まあ過去の自分も未熟なりにいろいろと考えて書いており、何かと不満はありつつも手を入れねばならない箇所は毎回それほど多くはなく、よほどセキュリティ的にアレだとかそもそも動かないとかいう場合は別だが、ほぼそのままにしている。どうせまた1年くらいしたら、今書いているコードにだって不満が出てくるのだ。

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2016年10月16日

持てる者と持たざる者 - 『資本主義の正体 マルクスで読み解くグローバル経済の歴史』

今年のノーベル経済学賞をオリバー・ハート氏が受賞したその理由が契約理論というものだが、これについて一年以上前に自著で扱っていたと我らが池田信夫御大が自賛していたのが本書である。おちょくるようなことを書いておいて何だが、実は以前から読みたいと思っていたので、これを機会に手に取ってみた。

資本主義という言葉を、我々は案外何も知らずに使用している。驚いたことに、経済学者ですら長くその実態を掴めていなかった。が、様々な経済理論の挑戦によって、その正体が近年次第に明らかにされつつあるという。本書はそれを、主にマルクスを再評価することで解き明かそうというものだ。マルクスを扱っているが赤い本ではない。

主要な論点は第一章にまとまっており、第二章以降はそれを深める各論のような構成になっている。従って、極端なことを言えば第一章だけ読めば事足りる本である。しかし第一章を理解するには最低限近代史を知っている必要があるし、もっと言えば近代史だけ知っていてもなかなか理解が難しい。そこで次章以降の登場となる。

第二章以降では近代史を概観し、ある地域になぜ資本主義が生まれ、あるいは根付き、あるいは誕生しなかったかなどを通して、資本主義の本質を探っていく。読んでいると同じ山に違うルートで何度も登っているような感じもするが、景色がまったく違うのでそう飽きることはなく、むしろ楽しいくらいである。序章で著者は第二章以降を先に読んだ方が第一章を理解しやすいだろうと述べており、人によってはそのアドバイスに従った方が良いかもしれない。白林檎的には章立て通りに読み進め、読み終わったらもう一度第一章を読むというのがお勧めだ。

経済理論というとよくわからない数字で大衆を煙に巻くようなイメージがあるが、本書は喩え話を織り交ぜた解説がメインとなっていて読みやすい。数式やグラフもときどき出てくるものの、そういったものはすっ飛ばしてしまってもまったく困らなかった。鼻につくような主張も無く、読み物として純粋に面白い。

ただ、第二章以降は著者のブログの記事を利用している部分が多いのか、ときどき論旨や解釈に齟齬のある部分が出てきて軽く混乱することがあった。その辺はもうちょっと丁寧に本作りをしても良かったのではないかと少々残念に思う。そういう箇所はテキトーにツッコミを入れつつ気にせずに読み進めるスキルが求められるので、神経質な人は注意が必要だ。その辺を差し引いても、世界の秘密の一端を垣間見せてくれる本書には、一読の価値がある。

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2016年07月25日

夏の夜明けの生き物

妻がポケモンGOを始めた。このゲームではポケモンの出現場所がある程度決まっているが、何が出てくるかについてはどうも地域の特徴に沿っているような節があり、水辺では水にゆかりのありそうなポケモンが、山林では植物に縁がありそうなポケモンがよく出てくる。ならばピカチュウは電気に関係のあるところにいるだろうというので、先行配信された海外ではプレイヤーが発電施設に無断侵入し、警察沙汰だのニュース沙汰だのになったりしている。

我が家の周辺はというと、ズバットなるコウモリみたいなのがやたらと出る。雨戸の戸袋にコウモリが棲み着いているからかもしれない。このコウモリは明け方になるとヨタヨタと帰ってきて、あちこちに頭をぶつけながらどうにかねぐらへ潜り込むのだが、不思議なことに出かけるところを見たことがない。

この時期、コウモリが帰宅してくる頃になると、おもむろにヒグラシが鳴き出す。ヒグラシというくらいだからこの蝉は夕方にのみ鳴くものと思っている人が多いが、実は明け方にも鳴く。というより明度に反応しているだけなので、たとえ真っ昼間であろうと、例えば雨雲が立ち上がったりしてさっと辺りが薄暗くなると、どこからともなくカナカナと聞こえてくる。昆虫だけに実に単純なルールで生きているようだが、しかしそれだけでもきちんと他種と鳴き分けができているのだから、合理的と言えば合理的な話だ。

もう何時間かすればクマゼミあたりが鳴き始めるだろう。ぼくの眠気ももうちょっと単純なルールで訪れてくれると、夏を乗り切るのが幾分か楽だろうなと思う。

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2016年04月06日

ヒツジの瞳は横たわる三日月

陽光に誘われてうっかり庭に出ると、すっかり春であった。なんと気持ちの良い季節だろうと思った途端に仕事をしているのが馬鹿々々しくなり、午後から六甲山牧場へ出かけた。六甲山牧場というだけあって、この牧場は六甲山の上の方にある。我が家は神戸といいつつ海の見えない六甲山系中腹の裏手にあり、ちょっとした避暑地のような趣で、桜なぞ今が満開の見頃を迎えている。ところが二十分程度走った先の山上はなお気温が低く、場内にたくさん植えられている桜の木々はよくて三分咲きであった。大阪や神戸の海手から来た人たちはずいぶん涼しい思いをしていたことだろう。

子供の頃、妻は動物の世話をする人になりたかったそうだ。結局そういった仕事には就かなかったものの、家ではぼくを含め十匹弱の猫を毎日世話しているから、まあ似たようなことをしているといえなくもない。しかしそれでも動物を見るとテンションが跳ね上がるらしく、ヒツジにヤギにと思うままに駆けていっては熱心に写真を撮っている。平日ではあるが、同じように写真を撮ったりしきりにヒツジを撫でたりしている客は意外に多く、わざわざ中国や東南アジアから訪れている人たちもいた。ぼくも動物は嫌いではないから、おずおずとヒツジの背中に手を伸ばしてみる。

伊丹に住んでいた頃、家族でどこかの牧場を訪れたことがあり、多分ここだと思うのだが、何しろ三歳か四歳頃のことなので定かではない。実家のアルバムにはコメント付きで写真が残っているはずだが、今そんなことを言ったって仕方がない。とにかくヒツジはそのとき以来である。子供の頃のぼくは臆病だったので、触るのはおそらくこれが初めてだろう。案外なけなしの勇気を振り絞ってつつくくらいしたかもしれないが、どちらにしろ覚えていないのだから初めてみたいなものだ。ヒツジという動物はあの外見からぬいぐるみのような手触りだろうと想像していたが、これがまったく違った。ウールというだけあって感触としては厚手のセーターが一番近い。そして順番に他の動物にも触っていくと、種によって触り心地がかなり異なり、これにも妙に感心した。殊にブタなどは毛というより細い針金のようである。そういえば豚毛のブラシは堅いものねと、妻も感心しながら言っていた。

ウサギからウシからちょっと珍しい在来馬までくまなく愛でて、軽く休憩して牛乳を飲むと、もう日が傾きかけている。ここでは15時半にシープベルを鳴らし、ヒツジを畜舎に入れて給餌することになっており、タイミング良くその様子も見物できた。広大な敷地のあちこちに散らばったヒツジがこの鐘ひとつで勢いよく戻ってくるんですよと飼育員のお姉さんが子供たちに説明していたが、食事の時間はヒツジの方できちんと心得ているらしく、ぼくたちが着いた頃には既に牧場中のヒツジが畜舎の前で列を成していた。それでも入り口の前で待機している群れが合図の鐘と共に建物に突貫していくのはなかなかの見ものであった。

それから少し買い物に寄って帰宅すると17時前で、ちょうど昨日から始まった将棋名人戦を観戦しつつ、ゆるゆると作業の続きをした。自分のペースで仕事をし、気ままに過ごす動物たちを眺めてくると、多くの人々が日々あくせくと過ごさねばならぬ現代社会がどこかおかしいように感じられるとでも書くのかなと人は思うだろうが、どっこいそんなことはないのである。これで教訓めいたことなど書こうものなら天罰の三つくらい当たりかねない。

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2016年02月09日

Mac mini (Late2014)のWindowsを7から10にアップグレードした

Mac mini (Late 2014)にBoot CampでWindows 7 Proを入れて使っていたのだが、流石に潮時のように感じられたので、Windows 10にアップグレードすることにした。ところがうまくいかない。マイクロソフトのサイトからアップグレードツールを拾ってきて起動し、Windows 10をダウンロードしてPCをチェックして……までは良いのだが、その後で止まってしまう。「このデバイスはWindows10で互換性がありません」とあり、Iris 5100の名が書いてある。検索してみると同じところで引っかかっている人が結構いるようだ。

アップグレードするのは正直面倒だが、アップグレードできないとなると意地になるのが人間というものである。どら焼き片手にあちこちを見て回っていたところ、アップルのフォーラムの英語版にヒントらしきものがあり、それを参考にしたら何とか無事Windows 10にアップグレードすることができた。冗長なので全ては書かないが、要点としては次のようなものだ:

  1. デバイスマネージャからディスプレイアダプタを見付け、Iris 5100のドライバの削除を選ぶ。
  2. 本当に削除するかを聞かれるので、ファイルも削除するようにチェックを入れて実行。
  3. 再起動するかどうかを聞かれるが、この段階では再起動せずに作業を続ける。
  4. 画面が低解像度に切り替わるが、慌てずにWindows 10アップグレードツールを実行する。

この手順を踏むことにより、互換性云々で躓くことなく、インストールを開始することができた。後は画面の指示に従って適宜進めるだけである。アップグレード直後も画面表示が何となく変だったりするが、ぼくの手元ではディスプレイドライバをきちんと見付けて自動でインストールしてくれた。手順3のところで再起動すると失敗するのかどうかは試していないのでよくわからない。が、フォーラムには「絶対再起動すんな」と全部大文字で書いてあったので、おそらくうまくいかないのだろう。

なお、この手順はマイクロソフトやアップルが公式に認めたものではない。環境によってはうまくいかないかもしれないし、うまくいかなかったからといってサポートが助けてくれるとも限らない。要するにくれぐれも自己責任でどうぞというアレである。ま、うまくいかなかったとしても、ディスプレイドライバを入れなおせば少なくとも原状復帰はできるはずだから、その辺の理屈がわかっていて同様の症状にお悩みなら、試す価値はあるだろう。

posted by 白林檎 at 03:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ITもしくはイット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月12日

不思議な話

「いま不思議体験をした」と妻が言うので何かと思ったら、ひとりでにPhotoshopが起動して、しばらく前に死んだ三毛猫の写真が勝手に出てきたという。画面を覗き込んでみたら、それはファイルサーバの大分奥の方にある写真で、なかなか偶然開くようなものではない。何かの前兆だろうか、という話になった。そんな話になったのは心当たりがあったからだ。老猫が一匹、脚に悪性腫瘍を作って、妻の実家に厄介になっていたのである。最近何かと忙しく東京と神戸を往復したりなどしていたもので、うちに置いておいても十分な世話をしてやれない。それで、申し訳ないことだが、預かってもらっていたのである。悪性腫瘍というのは要するに癌で、外科手術でもしてやらない限り余命は長くない。預けたのが二ヶ月ほど前だし、先日様子を見た感じではいよいよ危ない雰囲気だった。件の三毛猫はその老猫と仲が良かった子で、これは彼女を迎えに行ったのかもしれないねなどという話に自然となった。

そんなことがあった翌日、預かってもらっていた老猫が死んだ。

妻の家の女系には割とそういう話が多いらしく、ぼくも何度か聞いていた。誰それが亡くなる直前に夢枕に立ったとか、虫が知らせただとか、いわゆる霊とかいうものをリアルに感じざるを得ないエピソードに事欠かないそうだ。ぼくは霊感どころか勘も鈍いのでそういう類の話とは本当に無縁で、やはりどこかうさんくさいというか、有体に言って何かの冗談くらいに思っていた。のであるが、今回のようなことを体験すると、これはもしかするとという気分になる。

死んだ老猫は血統書などというものが付いていて、結構な数の仔猫を産んだ。彼女自身、かなりの美猫だった。美しかったがあまり頭はよろしくなく、すぐに粗相をする子だった。と、ぼくも妻もそう思っていたのだが、最後を看取った義母の見るところによれば、実はむしろ賢かったのではないかということである。とても綺麗好きで、それ故に他の猫とトイレを共有するのが嫌だったのかもしれないと言っていた。今となっては確かめようもない。

死んだ翌日、荼毘に付した。柏原市の葬祭場では人間はもとより犬猫も個別に火葬にして、しかも骨まで拾わせてくれる。何とも小さく華奢な骨だった。急なことで骨壺が無く、とりあえずタッパーに入れて持って帰ってきて、あらためて近くの店で陶器の壺を買ってきた。入る分だけこれに移して神棚に祭っておき、入らなかった分は田舎に持って行って先に行った猫たちのところに埋めようと話しているが、忙しさにかまけてまだ何もしていない。そうしたら、何の前触れもなく冒頭の三毛猫がまた出てきた。あまり遅いので今度は催促に来たのかもしれない。世は不思議に満ちているのだ。

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