二、三週間ほど前から、風呂の洗い場の排水が流れにくくなった。ぼくが入るときだけかと思っていたらそうでもないようなので、これは何か対策を講じなければと思った。
ホームセンターなどに行くと、排水管の詰まりを取る薬剤というのがいくつか並んでいる。どんな汚れも溶かして流すなどと恐ろしげなことが書いてある。だがうちの排水管が詰まって流れにくくなっているのなら、この大袈裟な文句もなかなか頼もしく思える。それで、買ってきて早速トロトロと入れてみた。二時間ほど待って流してみると、とりあえずその分は何事もなく排水されていった。これは直ったかと思って風呂に入ると、やはり頭を洗っているうちに流れが悪くなる。直っていないのである。
次に手を付けたのが、排水口の蓋にくっついている半球状の物体である。これを碗トラップというのはこのとき初めて知った。排水管とうまく組み合わさることで水による一種の封印となり、下水から上がってくるニオイなどを閉じ込めるための構造なのだそうだ。とにかく、これがどうにかなっている、つまりうまく組み合わさっていないのではないかと疑った訳である。そこで、ゆるんでいるのかとネジを締め直してみたり、逆に締めすぎたかと少しゆるめてみたり、あるいは排水管の周囲の、本来これが収まるべき場所が詰まっているのではないかと掃除をしたりしてみた。しかし、どうしても良くならない。
仕方がないのでだましだまし使っているうちに、ふと庭にあるマンホールから水が噴き出しているのに気付いた。トイレ以外の排水が集まってくる溝の蓋で、すなわちそういった排水が溢れていることになる。ちょうど洗濯機を回していたときのことだったので、それが終わってから、今度は浴槽の水を抜いてみた。すると出るわ出るわ、都合四カ所ほどのマンホールから次々と水が溢れてくる。慌てて風呂に栓をして、これはどうしようもないかと思って水道工事店に電話をした。
職人さんの来るのを待つ間、万事まず自分でやってみなければ気の済まない妻が、溢れているマンホールを片っ端から開けてみていた。排水溝のマンホールは台所の裏あたりから、風呂の裏を回って駐車場を抜けるように並んでいる。それらのすべてから水が溢れている訳ではなく、あるマンホールを境に、溢れているものと溢れていないものとに分かれていた。で、その境となっているマンホールを開けたとき、妻はなかなかに大変なものを目にすることになったのだった。
もったいぶっても仕方がないからさっさと書いてしまうが、そこには、風呂から流れた石鹸や皮脂や髪の毛といったものが絡まって固まった末に謎のヘドロとなり、大量に堆積していたのである。すなわちこれによって排水溝の流れが悪くなり、風呂の排水の流れが悪くなり、マンホールから水が溢れていたのだ。それを見るなり妻はバケツを持ってきて掃除を始めた。だが、いくら取ってもなかなか底が見えない。かなり長く頑張って八割方取ったところに、ようやく職人さんがやってきて、一目見るなり「これが原因ですね」と言った。ドンピシャだった訳である。
それから、掃除を代わりながら、職人さんがいろいろと排水溝の仕組みを説明してくれた。この詰まっているポイントはわざわざこういったゴミをトラップするように作られていること、その掃除の仕方などである。なぜここでゴミを捕らえるようになっているかというと、この先でトイレの排水と合流するからなのだそうだ。合流してから詰まったらどんな惨事になるかは容易に想像が付くので、これには納得せざるを得なかった。掃除と説明を終えて、残っていた浴槽の水を流してみると、まるで嘘のようにスムーズに流れていった。これでようやく安心して風呂に入れる。作業料金は税込み4,200円。もう少し高いかと思ったが、案外安く済んだ。妻がある程度掘り返していたのもあるかもしれないが、何より暮らしが安心な業者に頼まなかったのが良かったのかもしれない。こういうのはやはり地元の業者に電話するのが一番である。
それにしても、排水溝が掃除しなければならないような代物だとはついぞ思い付きもしなかった。流せば勝手に流れていくのが排水だと思っていた。これが常識なのかそうではないのかぼくには判断しかねるが、二年やそこらであんなに皮脂がたまるものだろうかという気はしている。